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<ドキュメンタリー映画「シロタ家の20世紀」>葉月

戦後、日本国憲法第24条の草案作りにベアテ・シロタ・ゴードンさん等が協力され、日本女性の地位向上のために一役かったことは最近になって明らかにされた。そのベアテさん一家の「シロタ家の20世紀」(ドキュメンタリー)という映画をみた。

監督の藤原智子さんは2005年にやはりドキュメンタリー「ベアテの贈り物」を作成している。その作品をパリの日本文化会館で上映した際、パり在住のアリーヌさんというベアテの従妹の子供が偶然見ていて、映画の中の女の子は私ですと監督に名乗りでてくれたことから、この映画の製作に導かれて行ったということである。アリーヌはプログラムやサインなど膨大な一家の資料を既に集めていたようだ。

シロタ家はロシア領ウクライナ出身のユダヤ人である。たび重なる迫害を逃れて一家はキエフに移るが、ベアテの父の兄弟全員が芸術を志して優秀な成績を残し、ヨーロッパに移り住む。

その中で既にヨーロッパでピアニストとして活躍していたベアテの父レオ・シロタは、山田耕作の頼みもあって1929年から17年間日本に住み、東京芸大に席を置いた。日本の若い人の音楽育成に最も貢献した。愛弟子には有名な藤田晴子、園田高広、王馬煕純らがいる。数年前に亡くなられた藤田晴子さんが、何かの役にたてばと残された遺産がこの映画製作にもつながったともいわれている。 天才少年園田高広はやがて世界で演奏するようになる。2003年、園田の日本での記念講演の時は、来日されたベアテと対面した後、バッハのフーガを力強く弾いた。ピアノの曲と映像が画面に流れ、これがクライマックスととれた。

一方、ポーランドにいた兄ヴィクトル・シロタは第二次大戦のナチの台頭で政治犯として捕らえられ、彼の息子はノルマンディ上陸作戦で戦死する。素晴らしい音楽がずっと流れていたが「ポーランドパルチザン歌」の合唱曲は、とてもしみじみとして、胸にじんときた。また弟ピエール・シロタ(アリーヌの祖父)はヨーロッパで音楽プロデュ―サーとして活躍していたが、当時のプログラムや契約書のサインなど画面で多数紹介された。しかし後にアウシュビッツに送られることになる。

唐突ではあったが、最後にベアテさんはカナリア諸島に「平和を願う「ヒロシマナガサキ広場」があり、そこにスペイン語で刻まれた「憲法9条の碑」があることを指摘しこれを守らねばという。

私の頭をふとよぎったことは、最近特にガザ地区空爆が問題になったことである。もちろんユダヤ人としてパレスチナ問題には全く触れてないがどう思っているのだろうか。