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「異邦の薫り」福永武彦 (新潮社79/4)を読む

それぞれの詩集がカラーで載っている口絵写真も貴重。
  森鴎外(新声社)<於母影>, 上田敏<海潮音>,永井荷風<珊瑚集>,堀口大学<月下の一群>,日夏耿之介<海表集>,佐藤春 夫<車塵集>,<山内義雄訳詩集>,鈴木信太郎<近代仏蘭西象徴詩抄>,茅野蕭々<リルケ詩抄>,高村 光太郎<明るい時>,呉茂一<ギリシャ・ローマ古詩鈔>,金素雲<朝鮮詩集>,寿岳文章<神曲>など。 原詩は解らないが、翻訳は日本語として充分に愉しめる。これは日本近代のヨーロッパ詩の受容の歴史でもある。(16/3) 

▼(園城寺執事 福家俊彦)
ま ず最初は、福永武彦『異邦の薫り』 (一九七九)である。本書は、日本の訳 詩集から先に挙げたものを含む全部で十三の詩集を取り上げ、著者が自由に知見を加えたものである。著者のご専門のフランスものだけでなく、日夏耿之介『海 表集』、茅野瀟々『リルケ詩抄』から呉茂一『ギリシア・ローマ古詩鈔』、金素雲『朝鮮詩集』など視野も広く、ときには原詩を引き、あるいは諸家の訳を比 べ、また巻末には、簡便な「訳詩集略年表」や親切な「索引」を付すなど、雑誌「婦人之友」に連載されたものだけに、一般向けの至れり尽せりの著作となって いる。

 たとえば、「巷に雨の降る如く」で有名なヴェルレーヌの詩の訳を比較した場合。先ず、代表的な堀口大学(『月下の一群』大正十四年)では、

 巷(ちまた)に雨の降る如く われの心に涙ふる。
 かくも心に滲(にじ)み入る。
 この悲みは何ならん?

 これが、永井荷風(『ふらんす物語』明治四十二年)では、

巷に雨の濺(そそ)ぐが如く
  わが心にも雨が降る
  如何なれば、
  かかる悲みのわが心の中(うち)には進入(すすみいり)りし

 さらに、諸家の訳を比較すると以下の通りとなる。

こころのうちに泣く涙、  町に降(ふ)り来(く)る雨のごと、
  しのぶおもひのたゆげにも、
  など泣きわぶるわがこころ。

 (蒲原有明『常世鈔』大正十一年)
 
都(みやこ)に雨の降るごとく
  わが心にも涙ふる。
  心の底ににじみいる
  この侘(わび)しさは何ならむ。

 (鈴木信太郎『近代仏蘭西象徴詩抄』 大正十三年)

都に雨の降るさまに
  涙、雨降るわがこころ、
  わが胸にかく沁みてゆく
  この倦怠(けだるさ)は何ならむ。

 (矢野峰人『しるえつと』昭和八年)

ちまたに雨がふるように
  ぼくの心になみだふる
  なんだろう このものうさは
  しとしとと心のうちにしのび入る

 (橋本一明『ヴェルレーヌ詩集』昭和四十一年)
となっており、原詩とともに比較できる仕組みになっており、これだけでも興味は尽きない。
 ところで、福永武彦(一九一八~七九)といえば、ボードレール研究や中村真一郎加藤周一らと「マチネ・ポエティク」を結成し、日本語による定型押韻詩の実験的な試みなどを経て、その後は『風土』、『草の花』、『死の島』などの作品で知られる。

  また、『ゴーギャンの世界』など美術にも造詣が深く、この分野の名著も多い。これは、個人的な思い出であるが、ぼくが高校生の頃、絵画に興味をもつきっか けとなったのが、氏の『藝術の慰め』であった。この書を宝物のように座右に置き、大学時代もはなさず持ち歩いていたのに、いつのころか見当らなくなってし まった。幾日も家中を探し回ったものの、ついに見つからず、どうしても、あきらめきれず、古書店で再購入したことを思い出す。昨今では人生の大半の時間を 失せもの探しに費やしているぼくであるが、一冊の本をあれほど時間をかけて探した経験はない。あの青春の手垢のついたぼくの『藝術の慰め』は、いったいど こにいったのだろう。

 それにしても、氏の著作は、すべてが心から愛するものに対する言葉で溢れている。だから詩や絵についても、永く心に残るのである。氏が、本書でさりげなく述べられた次の言葉は、訳詩のみならず芸術を理解しようとする者にとって核心を指し示している。

 原作の詩と訳者である詩人との間にぴたりと呼吸が合ふかどうかといふ問題がある。訳者がその原作に惚れ込まない限り、どんなにその詩人が創作に於てすぐれてゐるからと言って、翻訳がうまいとは限らない。

また、別の箇所では簡潔に、謂はば言霊の力をもってゐた場合にだけ、訳詩集は成功したと言へるのである。

 簡単な言葉で語られているが、外国語さえできれば誰にでも訳詩ができるわけではなく、訳詩の困難さについては、次の例を引けば一目瞭然であろう。同じくヴェルレーヌの「落葉」から、

秋の日の
 オロンの
 ためいきの
 身にしみて
 ひたぶるに
 うら悲し。

  この『海潮音』に収められた上田敏の訳などは、同じくカール・ブッセの「山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ」と共にもっとも人口に膾炙したものであ るが、この名訳は、「鈴木信太郎博士がその訳著『ヴェルレーヌ詩集』を上梓する際に、この一篇のみは上田敏訳をそのまま借り受けて、これ以上の翻訳は出来 ないからと断った」という話を伝えていることからも、訳詩の困難さを物語ってあまりある。