<句集『半分』>玉木祐(揺籃社13/10)

   1 孵化の時
 入盆の定位置にあり夫の椅子
 そぎおとす磁石の砂鉄海は秋
 天金の書に一匹の冬の蠅
 われの忌を考えている海鼠かな
 初明かり白き山々受胎せり
 胎内へ流氷の音かえるごと
 前世のよう蛍袋の中にいて
 蝉が和す本当はのびやかなお経
 影があり己が半分暖かし
 小春日の赤子この世を選びたる
 自画像はあの日のままに鰯雲
 カテーテルするりと入り万愚節
 なに事も無き日よ蚯蚓の伸び縮み
 冬ざくら我も喩としてあるごとし
 むず痒しおたまじゃくしの孵化の時

 

    2 一番星
 主亡き粘土の首の冴え返る
 始めから半分だった捩じり花
 ゆるやかな自殺考え三鬼の忌
 夫婦という地下茎どこまでも竹薮
 騙し絵となって人くる花野かな
 一番星枯葉空気の音がする
 一瞬や髪白くなる昼の火事
 垂直に卵を立てて三鬼の忌
 蘭鋳に一すじの泡 ひろしま
 残された言葉半分盆の家
 少年に明日話そう冬の虹

 

    3 とは言えど
 教科書の主語が隠され春寒し
 既婚者の孤独独身日和かな
 円周率3・15蜆汁
 のらくろの真似うまかった兄の夏
 品川の伏字の詩集重治忌
 つぎつぎと耳切り捨て半夏生
 戻り来し吉里吉里国の秋鰹
 草紅葉この一本が定冠詞
 十月ざくら海坂藩に旅をする
 アトリエの夫を誘いに雪女郎
 花は葉にクマのプーさん雲に乗る
 年金特別便係御中青嵐
 母に似る舟の字四万六千日
 終着は十三階の聖夜かな

 

  4 アトリエ
 一列に並ぶ卵や山笑う
 身の内の力を恃むバナナかな
 自転車でゆける所まで積乱雲
 秋情(ごころ)寂しく鬼を待つあそび
 ゴロゴロとゴッホ馬鈴薯家族かな
 おしまいも花嫁衣装着てゆこう
 木は旅を夢見ておらん散り紅葉
 ローソクの一本が消え蝶の昼
 可も不可もなくて瓢の尻なでる
 てのひらに書くメモ秋も終わります
 アトリエに鬼の子の来てもの申す

   5 ゴヤの魔女
 あの顔は今のこの貌寒卵
 一石を投じた水の水ぬるむ
 薔薇の名を旅するようにめぐりけり
 外の蝉かテレビの蝉か 黙祷
 新巻と百円で買う去来抄
 ローソクの火に息合すレノンの忌
 もう貴女そろそろ狸になる頃よ
 立川の活断層やもやし独活
 自ずからゆけぬ国あり入彼岸
 五月闇土曜はゴヤの魔女といる