<ボブ・ディラン 風の中、時代は変わる>東京新聞社説16/10/14

歌手ボブ・ディランノーベル文学賞。なあに驚くには当たらない。小説も詩も歌詞も、肝心なのは言葉の力さ。だって、友よ、風に吹かれて、転がる石のように、時代は変わっていくのだし-。

 ボブ・ディランは詩人である。

 フォークからロック、この春の十五年ぶりというホールでの来日コンサートでは、フランク・シナトライブ・モンタンといった大御所の名曲をカバーして、ボーカリストとしての実力を見せつけた。

 しかし、最も会場を沸かせたのは、アンコールの一曲目に歌った、やはりあの「風に吹かれて」だったろう。「公民権運動の賛歌」と言われる抵抗の歌である。

 もともと楽譜の枠をはみ出たような“字余りソング”。一九六三年発表のセカンドアルバム「フリーホイーリン」に収録された初出時の旋律は、ほとんどない。

 それでもファンたちは、変化をかみしめ、変わらない言葉を味わい、そして口ずさみ、その歌と共に生きた歴史をふり返る。

 ギターの弾き語り、ホルダーで固定したハーモニカ、とても美しいとは言えないしゃがれ声、自分の言葉を自分のメロディーに乗せて歌うそのスタイルは、ビートルズとともに日本のミュージックシーンも変えた。自分の言葉で歌っていいと教えてくれた。

 フォークの教祖といわれた岡林信康も、貴公子と呼ばれた吉田拓郎も、ディランに憧れ、ディランをまねた。

 プロテスト(抵抗)の心を秘めたメッセージソングの確立だった。そのメッセージが時代を大きく動かした。

 言葉の力で本当に時代を変えた人である。七十五歳の今も現役。その受賞は驚くに当たらない。

 以前から候補には上っていた。二〇〇八年には「卓越した詩の力による歌詞がポピュラー・ミュージックとアメリカ文化に大きな影響を与えた」として、ピュリツァー賞の特別賞を受賞した。

 メッセージ性や社会批判を重視すると言われる文学賞。二重三重の意味を持つという歌詞の文学性…。むしろ王道の受賞者といっていい。

 とはいえ、ディランが歌ったように「時代は変わる」。

 ♪最初のものが最後になる/時代は変わるのだ…。

 ノーベル文学賞は、ディランがそうしてきたように既存の枠を飛び越える変化を見せた。

 来年こそ、村上春樹氏も…。