<ボブ・ディランさんにノーベル賞 ファン歓喜「優しく染みる反骨の言葉」>

<東京新聞>16/10/14朝刊

「今夜かける曲はボブ・ディランだけだ」-。若者の気持ちを代弁してきた反骨のシンガーがノーベル文学賞に決まった十三日夜、ライブバーやロックバーなどに、ファンが集まった。「言葉がとんがっていて。でも、優しくて染みる」「深みのある言葉」。ディランさんの歌に魅了されたオヤジたちが、杯を重ねた。

 ディランさんのファンが集まるライブバー「ポルカドッツ」(東京都豊島区)には、文学賞受賞発表後、続々と常連客が集まってきた。経営者の東京ボブさんは「数年前から受賞するといわれていたけど、まさか今年するとは。びっくりした」と話した。

 十代からディランさんの声や歌詞に魅了され、店では自らディランさんの曲をライブ演奏する。「ディランはもしかしたら(ノーベル賞を)いらないと言うかと思った。でも喜んでいるでしょうね。これからも元気にライブをやってほしい」

 同様にディランさんの曲を演奏する常連客のミノル・B・グッドさん(48)は「三十年近く前に初めてディランの曲を聴いたときは意味がわからなかった。それが理解できるようになったとき、引き込まれていった」と振り返り、「米国の伝統的な音楽に自分の気持ちを乗せて歌い、六〇年代の若者の気持ちを代弁してきた功績は大きい」と語った。

 ディランさんがベトナム戦争に反対するために歌った曲のタイトルと同じ名前の居酒屋「風に吹かれて」(大田区)の常連で音楽出版社社員の井口吾郎さん(60)=大田区=は「自分たちの親分が賞を取った気分」と受賞を喜ぶ。ディランさんの音楽について「言葉がとんがっていて、抽象的で難しい。でも優しくて染みる。日本語訳の、その先の意味を探る楽しさがある」と魅力を語る。

 「ディランなら賞をとって当然。涙が止まらない」。ロックバー「フルハウス」(千葉市稲毛区)のマスター、高山真一さん(68)は喜びのあまりむせび泣いた。レコードはすべてそろえ、今年四月の東京での日本公演を含め、何度もライブに駆けつけた熱狂的なファンだ。

 「『答えは風の中に舞っている』というワンフレーズのかっこよさ。聖書の一節に独自の解釈を加えるなど深みのある言葉。普遍的な人生の歌に、ずっと夢中にさせられている」。店内には数千枚のレコードやCDがある。「今夜はかけるのはディランだけだ」

 ノーベル文学賞候補とみられていた作家の村上春樹さん(67)が、かつてジャズ喫茶を経営していた東京都渋谷区千駄ケ谷の商店街にある鳩森八幡神社境内では、村上さんのファンが集まっていた。ディランさんの受賞が決まると、村上さんの小説「風の歌を聴け」と、「風に吹かれて」を掛けて、「風の歌が風に吹かれちゃった」と評するファンも。

 地元商店街で不動産業を営む大谷秀利さん(55)は「これまで春樹さんがノーベル賞を取れなかったのは純文学ではないからと言う声もあった。ボブ・ディランが受賞決定したということで一気に、文学賞の間口が広がった。だったら来年こそ春樹さんでしょ」と来年に期待を寄せた。

小室等さん「僕らの支え かっこいい!」

 ディランさんの影響を受けたフォークシンガー小室等さん(72)は「娘からの電話で受賞を知った瞬間、われを忘れた。一緒に飲んでいた音楽仲間に、自分の親戚の出来事のように自慢していた」と声を弾ませた。

 ディランさんより二年後に生まれた小室さんは一九六八年にグループ「六文銭」を結成し、上條恒彦さん(76)が歌った「出発(たびだち)の歌」をヒットさせた。

 「一九六〇、七○年代に若者だった僕らにとって、時代に物を言うディランは支えだった。曲を聴き、『これからをいい世の中にできる』という思いが湧いてきた」と振り返る。

 ディランさんの受賞は予想していなかったが、「歌詞にいっぱい暗号が隠されていて、十人が十人、受け取り方が違う。そんな体験は他の歌にはなかった」と文学性を評価する。

 「今、思い浮かぶ曲は?」という質問に「あれも、これも。僕らのアイドルがノーベル賞を取った。『かっこいい!』という気持ち」と少年のように喜んだ。

◆彼がいたから今日が

 <シンガー・ソングライター吉田拓郎さんの話> もし、あの時にボブ・ディランがいなかったら、と考える。ボブ・ディランがいたから今日があるような気もする。多くのことがそこから始まったと僕は思うのだ。